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大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)6855号 判決 1980年10月20日

原告 広瀬一雄

原告 広瀬幸子

右両名訴訟代理人弁護士 加藤成一

被告 日本国有鉄道

右代表者総裁 高木文雄

右訴訟代理人 田中光三

右同 原田知彦

右同 麻生博司

主文

一  被告は、原告広瀬一雄に対し、金八三八万九、一二四円、原告広瀬幸子に対し金六二二万七、五一九円、及びこれらに対する昭和五四年四月二三日から右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その余は被告の負担とする。

四  この判決の第一項は、原告広瀬一雄につき金五〇〇万円、原告広瀬幸子につき金五〇〇万円の限度で、仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の申立

一  請求の趣旨

1  被告は、原告広瀬一雄に対し、金一、六〇四万五、〇七六円、原告広瀬幸子に対し金一、二五七万〇、九二五円、及びこれらに対する昭和五四年四月二三日から右支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者双方の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

訴外亡広瀬正(昭和四〇年六月二日生、当時一三才)は、昭和五四年四月二二日午後五時一〇分ごろ、大阪市東淀川区南江口町一丁目九五―五八国鉄東海道新幹線高架下の被告所有用地内に設置されている吸上変圧器室附近で同級生二人とボール遊び中、ボールが変圧器室の上部を囲ってある金網の破れた穴から中に入ったため、これを取ろうとして同級生二人が金網の破れた穴をくぐって変圧器室内に入り、広瀬正も二人の後から同様に金網の破れた穴をくぐって変圧器室内に入ったところ、同人は右室内で二万五〇〇〇ボルトの高圧電流に感電し、四〇パーセントの熱傷、電撃症のため即日大阪大学医学部附属病院に入院し治療を受けたが、肝障害、敗血症、腎不全を合併し、昭和五四年七月一日同病院で死亡した。

2  被告の責任

(一) 本件事故は被告所有地の工作物である吸上変圧器室の設置、保存に左記の瑕疵があったために発生した。すなわち、本件事故現場一帯は市街地で高層団地や民家が密集し近くに幼稚園や小・中学校があるため学童の特に多いところである。そして変圧器室の設置されている高架下の被告所有用地は柵が設けられていないため人の出入りが自由で日頃から大勢の子供達の遊び場となっており、又附近の住民が事実上自動車の駐車場として右用地を使用しているが、被告はこれらに対しなんらの対策も立てることなく黙認ないし放置していた。しかして右用地内に設置されている変圧器室は、二万五〇〇〇ボルトの超高圧電流が流れる極めて危険性の高い土地の工作物であるから、これを設置、保存する被告には変圧器室の高度の危険性、周囲の場所的環境、右用地の現実の使用状況等に鑑み、その安全性を確保すべき注意義務がある、したがって、

(イ) 被告としては、右用地に柵を設ける等して子供達が変圧器室の設置されている高架下の被告所有用地内に立入ることができないように右用地ならびに右用地内に存在する変圧器室を管理すべきであるにも拘らず、当初設けられていた柵が壊われて無くなってからは全く柵を設けることなく人の出入りが自由な状態のまゝで放置し、右用地が子供達の遊び場となり、附近の住民によって事実上自動車の駐車場として使用されているのを黙認していた。

(ロ) 被告としては危険性の高い変圧器室を常時点検し、破損個所があれば即座に補修し変圧器室に人が立入らないように管理すべきであるにも拘らず、人の立入り等を防止するために変圧器室の上部を囲ってある金網が破れて地上三・五メートルのところに人間が入れる大きさの穴が開いていたのにこれを点検補修せず穴が開いたまゝの状態で放置していた。

(ハ) 柵が設けられていないため変圧器室の設置されている高架下の被告所有用地が前記のとおり子供達の遊び場となり、附近の住民によって事実上自動車の駐車場として使用されているのを被告は黙認ないし放置していたのであるから、変圧器室が危険であることを知らせる標示を子供達にもわかるように大きな文字でわかり易く鮮明に書くべきであるにも拘らず、事故当時は一個所だけ小さな文字で極めて薄く書かれていたに過ぎず、判読が困難で標示としての役割を果たしていなかった。

(ニ) 被告としては、変圧器室のもつ高度の危険性、場所的環境に鑑み、その管理を厳重にすべきであるにも拘わらず、事故当時、変圧器室の上部から地面に至るアースの線が途中で切れて垂れ下っているのにそのまゝの状態で放置しており、又変圧器室の扉部分の窓にときどき施錠をしていなかったことなど変圧器室の管理が極めて杜撰であった。

(二) よって、被告は、土地の工作物たる瑕疵ある本件変圧器室の所有者であるから、民法七一七条一項に基づき本件事故による損害を賠償すべき責任がある。

3  損害

原告らは広瀬正の両親であるが、広瀬正及び原告らが本件事故によって被った損害は次のとおりである。

(一) 治療費自己負担分 五二万九、七二一円

昭和五四年四月二二日から昭和五四年五月一〇日までの治療費自己負担分

(二) 近親者付添費 二一万三、〇〇〇円

昭和五四年四月二二日から昭和五四年七月一日までの七一日間における原告広瀬幸子とその母川村まさによる付添看護料。重症入院であるからその額は一日三、〇〇〇円を下らない。

(三) 入院諸費用 一一万四、二〇〇円

昭和五四年四月二二日から昭和五四年七月一日までの七一日間における入院雑費一日一、〇〇〇円計七万一、〇〇〇円、及び紙おむつ代四ケース四万三、二〇〇円の合計額。

(四) 付添交通費 四万七、五二〇円

昭和五四年四月二二日から昭和五四年七月一日までの七一日間における原告広瀬幸子とその母川村まさ二人分の市バス二区間運賃七、九二〇円(九日分)及び市バス二区間定期代三万九、六〇〇円(二か月分)の合計額。

(五) 葬儀関係費用 四九万〇、七五〇円

葬儀費用三六万〇、七五〇円及び仏壇購入費一三万円の合計額。

(六) 広瀬正の逸失利益 一、四六二万〇、八一〇円

計算根拠は別紙のとおり。

(七) 広瀬正の慰藉料 七〇〇万円

(八) 原告らの固有の慰藉料 各一五〇万円計三〇〇万円

本件事故によりかけがえのない最愛の一人息子を失ったことによる両親の悲しみは甚大である。

(九) 弁護士費用 二六〇万円

右(一)ないし(八)の損害合計額二、六〇一万六、〇〇一円の一〇パーセント。

4  相続

広瀬正の死亡により、原告らは、広瀬正の逸失利益一、四六二万〇、八一〇円と同人の慰藉料七〇〇万円について、それぞれその二分の一づつを相続承継した。

5  よって、被告に対し、

原告広瀬一雄は、3項の(一)、(三)、(五)の各金員、(六)の二分の一、(七)の二分の一、(八)、(九)の合計額金一、六〇四万五、〇七六円、原告広瀬幸子は、3項の(二)、(四)の各金員(六)の二分の一、(七)の二分の一、(八)の合計額金一、二五七万〇、九二五円、及びこれらに対する本件事故発生の日の翌日である昭和五四年四月二三日から右支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、「広瀬正が昭和五四年四月二二日午後五時一〇分ごろ、大阪市東淀川区南江口町一丁目九五―五八国鉄東海道新幹線高架下の被告所有用地内に設置の吸上変圧器室の上部金網のところから訴外人二名と同室内に立ち入り二万五〇〇〇ボルトの高圧電流に触れ(但し、触れた箇所は特別高圧用避雷器である)感電し、大阪大学医学部付属病院に入院して昭和五四年七月一日同病院で死亡した」ことは認めるが、その余の事実は知らない。

2  同2のうち、吸上変圧器室が被告所有の土地の工作物であることは認めるが、その余の事実はすべて争う。

3  同3、4の各事実はいずれも争う。なお、広瀬正の相続人は、養父広瀬一雄、実母広瀬幸子ら原告の外に実父出来寛が存在するから、原告らの相続分には誤りがある。

三  被告の主張

本件事故につき、被告の設置した吸上変圧器室の設置又は保存に瑕疵はなく、むしろ、広瀬正が通常予測できない無謀な行動で同室内に侵入し、特別高圧避雷器に触れ傷害後死亡したもので広瀬正の一方的な重過失に基づくものであり、仮に瑕疵があるとしても本件事故との間には相当因果関係はないから、被告には賠償責任はない。

1  本件吸上変圧器室の設置目的及び構造

(一) 本件事故発生場所は国鉄東海道新幹線高架下の被告の鉄道用地内に設置された吸上変圧器室内であり、同室内には吸上変圧器、特別高圧避雷器が設置されている。東海道新幹線は交流電気により列車を運行し、二万五〇〇〇ボルトの電気により運転されているところ、列車運転に際し使用された電気は敷設レールを通じて変電所に戻すことになるが、使用した電気をレールに流す方法によると沿線の通信線に通信阻害を生ずるのでこれを防ぐ方法としてレールや大地から吸い上げて別の電線で変電所に帰す方法をとっており、このための機能設備が吸上変圧器であり、雷などの異常高圧の電気がその電気回路内に入ったときだけその異常高圧電気を地下に逃して吸上変圧器等の電気設備を保護する装置として特別高圧避雷器が設置されている。吸上変圧器室は新幹線沿線に一、五キロメートルないし三キロメートルごとに設置されている。

(二) 本件吸上変圧器室は高架下(東京起点五一〇キロ一八〇メートル付近)に設置され、周囲がコンクリート造となっていて同室の正面幅は約五・三メートル、奥行約四メートル、高さ約三・八メートルである。同室の正面出入口は、両開きの引戸式の鉄製扉が設けられ、外部から鎖錠されており、同扉上部にも両開きの引戸式鉄製扉が設けられ、同扉は内部から鎖錠されている。両側壁の下部には縦五三センチ、横六三センチの換気穴が設けられているが、直径約二センチの小さな円形の穴があけられた鉄板でふさがれている。出入口扉の表面には黒ペイントをもって「吸上変圧器室」と記号で「B五一―二」、赤ペイントをもって「危険高圧」「特別高圧二五〇〇〇V」とよく目立つように書かれ、同室内に高圧の電流が流れていて同室への立ち入りが非常に危険であることを表示し、通常人の立ち入りを禁止しかつ警告している。本件吸上変圧器室のコンクリート壁の上部と高架橋床裏面との空間にはビニール被覆の金網を張りめぐらしているが、この金網は鳩などの鳥類が侵入し巣造り時金物類をくわえこみ、又は外部から異物を投げ入れられることにより同室内の機器等に障害をおこすおそれがあるためこれを防ぐために張られたものである。右の如く本件吸上変圧器室は通常人が立ち入ることは不可能な構造となっており、その設置又は保存になんらの瑕疵はない。

2  本件事故の発生、状況及び原因

(一) 広瀬正らが同室内に侵入したのは、おそらく同所付近に建植された高架橋脚に取りつけの雨樋(高架橋からの雨水排水用)をよじのぼり、たまたま同室上部に張られた金網部分のわずかの破れ目から侵入したが、前記電気機器に恐怖を感じ、正面出入口上部に設けられた両開き引戸式鉄扉の内側鎖錠掛け金具を外して扉を開け、訴外人らは室外に脱出したが、広瀬正は誤って特別高圧避雷器に触れ感電したものである。

(二) 広瀬正らは、右侵入に際し、同室正面出入口扉に危険表示が明示されているにも拘らず高架橋脚に取り付けられた雨樋をよじのぼり地上から約四メートルのところに張られた金網のわずかな破れ目を無理に押し開いて同室内に侵入したが、同人らは中学生であるから室内に危険物が設置されていることは十分認識することができ、かつ危険に対する弁識能力は十分備えていた。しかるに訴外人らがこれを無視して侵入したことは通常予測されることではなく異常な行動によるものであって、本件事故は広瀬正の重大な過失に基因するものである。

3  仮に、本件吸上変圧器室上部の金網のわずかな破れ目が瑕疵であるとしても、前述の本件事故の発生状況ならびに同室の構造からすれば、右金網の破れ目が直接の原因となって本件事故が発生したものでないことは明らかであるから、右瑕疵と本件事故との間には相当因果関係がない。

四  被告主張に対する原告らの認否

いずれも争う。

第三証拠《省略》

理由

一  本件事故の発生

広瀬正が昭和五四年四月二二日午後五時一〇分ごろ、大阪市東淀川区南江口町一丁目九五―五八国鉄東海道新幹線高架下の被告所有用地内に設置されている吸上変圧器室の上部金網のところから訴外人二名と同室内に立ち入り二万五、〇〇〇ボルトの高圧電流に触れて感電し、大阪大学医学部付属病院に入院して昭和五四年七月一日同病院で死亡したことは当事者間に争いがない。

二  被告の責任

1  本件吸上変圧器室が被告所有の土地の工作物であることは当事者間に争いがないところ、原告は、右工作物の設置は保存に瑕疵があった旨主張し、被告はこれを争い、本件事故は、広瀬正の一方的な重過失に基づくものであると主張するのでまずこの点について検討するに、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  東海道新幹線は単相交流電気により列車を運行し、標準電圧二万五、〇〇〇ボルトの電気により運転されているところ(新幹線鉄道構造規則三三条一項)、列車運転に際しその使用電流を敷設レールを通じて変電所に戻すと沿線の通信線に通信障害を生ずるのでこれを防ぐためレールや大地から電流を吸い上げて別の電線で変電所に戻す方法をとっており、このための機械設備が吸上変圧器であり、雷などの異常高圧の電気から吸上変圧器等の電気設備を保護する装置が特別高圧避雷器であり、本件吸上変圧器室には右の二つの機器が設置され、吸上変圧器室は新幹線沿線一・五キロメートルないし三キロメートル間隔に上下線各一個所づつ設置されている。

(二)  本件吸上変圧器室は、新幹線高架下に位置し、周囲はコンクリート造となっていて、同室の正面巾は約五・三メートル、奥行約四メートル、高さ約四メートル弱で、正面出入口には両開きの引戸式の鉄製扉があり外部から施錠されており、同扉上部にも両開きの引戸式鉄製扉があり内部から施錠されている。正面扉の表面には、本件事故当時、黒ペイントをもって「B五一―二吸上変圧器室」、赤ペイントをもって「危険高圧」「特別高圧二五〇〇〇V」と表示されていた。本件吸上変圧器室のコンクリート壁の上部と高架橋床裏面との空間には、鳩などの鳥類が侵入したり異物が投げ入れられるのを防ぐ目的で針金の太さ三・二ミリメートルのビニール被覆の金網が張りめぐらされているが、本件事故当時、正面上部向って右側付近に人が入れる程度の穴が一個所あいていた。

(三)  広瀬正は、吸上変圧器室付近で同級生二人とボール遊び中、吸上変圧器室のコンクリート壁にボールを打ちつけていたところ、ボールが金網の破れた穴から中に飛び込んだ。そこで右三人は吸上変圧器室正面向って右に建てられている高架橋脚に取り付けの雨樋(高架橋からの雨水排水用)をよじのぼり、前記金網の破れ目を押し拡げて室内に侵入したが、前記電気機器に恐怖を覚え退室しようとして内側から正面上部の両開き引戸式鉄扉に梯子をかけ、同級生二人は右梯子を登り内側の施錠を外して扉を開けて室内に脱出したが、広瀬正は誤って特別高圧避雷器に触れて感電し、バンバンという音をたてて避雷器上部と正面鉄製扉に放電し、右扉に溶損痕を生じ、広瀬正はその場に倒れ着衣が燃えた。そして同級生の助けを呼ぶ声でかけつけた近所の人が右室の正面扉の鍵を金鋸で切って扉を開け中に入り広瀬正を救出した。

以上の事実が認められ、他に右認定事実を左右するに足る証拠はない。

2  右事実関係の下で、被告は、本件吸上変圧器室はコンクリート壁で囲われ、しかも厳重に施錠されていたからおよそ人が入ることは考えられず、金網の破れ目から侵入することは無謀な行為であると主張する。しかしながら、他方、前記認定事実の外に、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  本件事故現場付近は、市街地で第二種住居専用地域であり、高層団地や民家が密集し、高架に接するように建てられた民家もある。本件吸上変圧器室の東方約三〇メートルの地点にもう一つの吸上変圧室がありこの南側一帯は空地でこの空地と高架下はいずれも被告所有地であるが、柵が設けられていないため人の出入りが自由で、日頃から大勢の子供達の遊び場となっており、現に本件吸上変圧器室のコンクリート壁面には子供達の落書きがなされており、又、本件事故当時は附近の住民が事実上自動車の駐車場として右高架下を使用し、中には本件吸上変圧器室に接して駐車している者もいたが、被告はこれを放置していた。

(二)  被告の大阪電気所大阪支所の担当職員が本件吸上変圧器室を検査したのは昭和五四年一月ごろであるが、以来本件事故時まで金網の破れ目に気づかなかった。なお右検査は、列車運転中は係員といえども入室することは極めて危険であるので運転終了後の夜間に行われた。右検査以外に被告職員が特別これを検査したことはない。又、近くにある別の吸上変圧器室の正面の鍵がかつてこわれたことがあり、附近住民の緊急連絡により被告がこれを直したことがある。

(三)  本件事故の翌日、被告は前記金網の破れ目をふさぎ、その後吸上変圧器室正面の扉に従前の表示の外に赤ペイントをもって「あぶない」と表示し、正面横の壁面に「あぶないつよいでんきがきていますのでちかづかないで下さい」と赤書した大阪電気所長名のプラッチック看板をかかげ、さらに、その後右扉の表示をさらに大きく赤ペイントをもって書き直し「危険」「立入禁止」と表示した。そして昭和五五年六月ころ被告は、高架下等被告所有の空地から駐車中の自動車の退去を求め、右空地のまわりに鉄製の金網防護柵を設置しこれに施錠してその立入りを禁止したため、現在は吸上変圧器室に近づくことができない。

以上の事実が認められる。《証拠判断省略》

3  ところで、民法七一七条の工作物の瑕疵とはその物が本来具えるべき性質または設備を欠くことをいうものである。前記認定事実によれば、本件吸上変圧器室は、被告の検査担当職員でさえもその運転中は入室しない程の極めて危険な設備である。新幹線鉄道構造規則第四〇条によって準用される日本国有鉄道建設規定第一〇一条一項によれば、「交流の電車線路に設置される吸上変圧器、直列コンデンサー並びにこれらに附属する器具及び電線は、人が容易に触れることができないように施設しなければならない。」と規定されている。しかるに本件においては、かかる高度に危険な工作物が住宅密集地、特に大勢の子供らの遊び場の近くにあるにも拘わらず、本件事故当時、柵などが設けられていないため、その防護設備に容易に近づくことができ、その錠や、故障の際放電による感電の危険性のある鉄製扉に触れることができたのである。したがって、もし本件吸上変圧器室の周囲に柵等を設けないならば、その防護設備は完全なものでなければならない。しかるに本件の場合、その危険性の大きさに比しその危険性を知らせる注意表示は充分なものでなかったし、金網の破れ目は破れたまゝで放置されていたのである。被告は右破れ目から子供らが侵入することは予期できないことであると主張するが、子供らがその周辺で遊んでおれば、網の破れ目からボールが飛び込むことは通常あり得ることであり、さらに子供であればボールをとるためその穴から室内に侵入するであろうことは充分予想されることである。このように、本件吸上変圧器室の高度の危険性、周囲の場所的状況、子供の行動、被告の右変圧器室に対する従前の管理態度等を総合考察すれば、被告において、本件吸上変圧器室の金網の破れ目を放置したこと、危険表示が不充分であったことは明らかに工作物の保存の瑕疵に該るものというべきであり、又、周囲に適当な柵等を設けなかったことについても瑕疵の疑いがあるものというべきである。なお、被告は、右金網の破れ目の放置と本件事故との間の因果関係を否定するが、右認定の如く、広瀬正の行為に責められるべき点はあるとしても、右行為自体は充分予期できた行為であるから、その相当因果関係を肯定することができる。よって右主張は採用することができない。

5  以上の次第で、被告は、民法七一七条に基づき土地の工作物の所有者として本件事故によって広瀬正らが被った損害を賠償する責任がある。

三  損害

1  《証拠省略》によれば、次の事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

(一)  治療費自己負担分 五二万九、七二一円

昭和五四年四月二二日から昭和五四年五月一〇日まで大阪大学医学部付属病院へ支払った治療費のうち自己負担分。

(二)  近親者付添費 一四万二、〇〇〇円

昭和五四年四月二二月から昭和五四年七月一日までの七一日間における原告広瀬幸子とその母川村まさによる付添看護料であって、重症入院であるから、その額は一日二、〇〇〇円を下らない。

(三)  入院諸費用 一一万四、二〇〇円

昭和五四年四月二二日から昭和五四年七月一日までの七一日間における入院雑費一日一、〇〇〇円の割合による七万一、〇〇〇円及び紙おむつ代四ケース四万三、〇〇〇円の合計。

(四)  付添交通費 四万七、五二〇円

昭和五四年四月二二日から昭和五四年七月一日までの七一日間における原告広瀬幸子とその母川村まさ二人分の市バス二区間運賃七、九二〇円(九日分)及び市バス二区間定期代三万九、六〇〇円(二か月分)の合計額。

(五)  葬儀関係費用 四九万〇、七五〇円

葬儀費用三六万〇、七五〇円及び仏壇購入費一三万円の合計額。

(六)  広瀬正の逸失利益 一、四六二万〇、八一〇円

計算根拠は別紙のとおり。

(七)  広瀬正の慰藉料 七〇〇万円

広瀬正は本件事故による身体の四〇パーセント熱傷、電撃症のため昭和五四年四月二二日から昭和五四年七月一日まで七一日間の入院期間中筆舌に尽し難い苦痛を受けた末、手術等の手当の甲斐なく死亡し前途ある人生を終えた。

(八)  原告らの固有の慰藉料 各一五〇万円計三〇〇万円

原告らは広瀬正の両親であるが、本件事故によりかけがえのない最愛の一人息子を失ったことによる悲しみは甚大である。

2  本件事故当時、広瀬正は一三才で中学二年生であったものであるから、未完成であるとはいえ一応の弁識能力を備えていたものであり、前記認定の如く不充分であるが、その危険注意表示によって本件吸上変圧器室内に危険物が設置されていることを認識することができたものである。しかるに広瀬正は同級生二人と共に高架橋脚に取り付けられた雨樋をよじ登って地上から四メートルのところに張られた金網のわずかな破れ目からこれを押し開いて同室内に侵入するという危険を犯し、しかも室内において同級生二人が危険を感じて早急に無事故で脱出したのに対し広瀬正は誤って電気機器に触れ感電したものであって、広瀬正に本件事故発生につき注意義務違反があったことは明らかである。右事情を考察すれば、被告に対し、前記認定の各損害額のうち、その七〇パーセントの金員の支払を命ずるのが公平上相当である。

3  弁護士費用   一五〇万円が相当である。

四  相続

1  原告提出の戸籍謄本によれば、広瀬正は昭和四〇年六月二日に実父出来寛と実母原告広瀬幸子との間に出生したが、原告広瀬幸子が昭和四五年五月二八日原告広瀬一雄と婚姻後の同年六月一五日に、原告広瀬一雄の養子となったことが認められる。

2  そうすると、原告らは、広瀬正の死亡により、同人の逸失利益と慰藉料の合計額の七〇パーセントである一五一三万四、五六七円について、それぞれその三分の一である五〇四万四、八五五円宛を相続承継したことになる。

五  結論

以上の次第で、被告は、原告広瀬一雄に対し、前記三1(一)(三)(五)及び(八)の各金員の合計の七〇パーセントに当たる一八四万四、二六九円、四2の五〇四万四、八五五円、及び三3の一五〇万円の合計額八三八万九、一二四円、原告広瀬幸子に対し、前記三1(二)(四)及び(八)の各金員の合計の七〇パーセントに当たる一一八万二六六四円及び四2の五〇四万四、八五五円の合計額六二二万五一九円、及びこれらに対する本件事故発生日の翌日である昭和五四年四月二三日から右支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、原告らの本訴請求は右認定の限度で理由があるので右限度でこれを認容することとし、その余は理由がないので失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 久末洋三)

<以下省略>

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